27.紘川淳と高岡美佳 −アイドルとして、立教大学経営学部助教授として
「失恋ライブラリー/サガンの少女のように」(歌:紘川淳、作詞:安井かずみ、作曲:木森敏之、編曲:戸塚修)
(『失恋ライブラリー』(紘川淳)については、『EP盤リスト(その7)』もご参照願います。)
掲示板にて木森敏之、佐藤恵美のことが話題となり、よっかーさんから「雨のチャペル通り」を歌う石野陽子の画像をお送りいただいたので、紘川淳について書くことにする。ぼくにとって、今、彼女のことを書くのは必然的なことのように思えるからである。
1986年に「失恋ライブラリー」でレコードデビューした紘川淳は、ご承知の通り、現在は立教大学経営学部で「高岡美佳助教授」として活躍中である。
「ご承知の通り」と書いた。このことは80年代アイドルファンにとっては有名な話であろうが、そうでないひとには意外と知られていない事実かもしれない。
いや、もしかすると立教大学に通う学生諸君の中にも高岡美佳助教授がかつて「紘川淳」であったことを知らないひとがいるかもしれないが、自分が立教大学の学生であることの有り難みを噛み締めるべきである(←そんな必要はない^^!)。
彼女は芸能界引退後、経営学を志し、青山学院大学に進学した。これまでの略歴を立教大学のウェブサイトから引用させていただく。
(引用始め)
1994.3 青山学院大学 経営学部 経営学科 卒業
1996.3 青山学院大学 経営学研究科 経営学専攻 博士課程 前期課程 修了
1999.3 東京大学 経済学研究科 経済史専攻 博士課程 修了
1998.4〜99.3 日本学術振興会特別研究員
1999.4 大阪市立大学 専任講師
2001.4 同助教授
2002.4〜 立教大学経済学部経営学科 経済学研究科 助教授
2006.4〜 立教大学経営学部経営学科 経営学研究科 助教授
(引用終わり)
[引用元] http://www.rikkyo.ne.jp/grp/cri/ken/vin/takaoka_m.html
1986.4 「紘川淳」として、ポリドールレコードより「失恋ライブラリー」にてデビュー
といったことは記載されていない(←あたりまえ^^)。
この略歴をみると、初志を貫徹した彼女に改めて畏敬の念を覚える。
彼女がデビューした頃、ぼくはほとんど毎日、大学の図書館にこもっていた。学生の頃、ぼくは法曹か学者になりたいと思っていたのだ。しかし、結局のところその夢はかなわず、もはや老いを迎えつつある。
紘川淳のことを想起するとき、羨望と嫉妬が入り混じり、忸怩たる思いに堪えないのが正直なところであった。だが、最近はそれもあきらめに変わりつつある。年齢を重ねるということは、苦悩しなくなるということでもあるのだ。悲しいことではあるが。
高岡美佳助教授にとって、「紘川淳」時代は胸に秘めたよき思い出の一つであろう。いや、そうであってほしいとぼくは心から願う。
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