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24.梓みちよと「こんにちは赤ちゃん」

梓みちよのレコードデビューは、渡辺プロダクション(以下、『渡辺プロ』と呼ぶ)としては、まさしく「満を持して」のものだったに違いない。宝塚音楽学校出身の彼女は、声楽やバレエを基礎から学んでいる。そこで、事務所の方針としてはすぐにデビューさせることはせず、ジャズやモダン・バレエをじっくり学ばせ、大きく育てようとしたようだ。そのため、彼女が渡辺プロに入ってから、レコードデビュー(63年1月)するまで実に一年余りを要している。

このように彼女は、事務所からの大きな期待を背負っていたのであろうが、前年の1962年、渡辺プロにおいては、いわゆる「新・三人娘」(伊東ゆかり、中尾ミエ、園まり)が揃い、木の実ナナがデビューしている。その後を受けて、ポピュラー歌手としてデビューするのであるから、渡辺プロとしては、他の歌手たちとどう差別化するかについて頭を悩ませたのは想像に難くない。

実際、彼女をどのように売り出すかについては、デビュー初年度から試行錯誤があったように見受けられる。

渡辺プロとキング・レコードは、当初、彼女を「ボッサ・ノバ娘」として売り出そうとしたようで、「ボッサ・ノバでキッス」(1stシングル)、「恋はボッサ・ノバ」(3rdシングル)を出したものの、レコード・セールスは伸びず。そこで、「日本版ポール&ポーラ」を目指したのか、田辺靖雄とコンビを組み、「ヘイ・ポーラ」でブレイクを果たす。

ところが、その次に歌うことになったのが、有名な「こんにちは赤ちゃん」であった。

何年か前、テレビをみていたら、彼女が当時のことをこう回想していた。「まだ結婚すらしていないのに、赤ちゃんを産んだ母親の気持ちをどう表現すればいいのだろう、自分はこの曲をうまく歌えるだろうかと思ったものです。(中村八大氏と永六輔氏に)相談してみたら、『自分に赤ちゃんが産まれたら、どういう気持ちになるかを想像して、素直な気持ちで歌ってほしい』とおっしゃられましたが、それが難しくて....。」

確かに、そうだろうなあと、ぼくは苦笑した。彼女は当惑したに違いない。

「こんにちは赤ちゃん」のリリースは63年10月。にもかかわらず、この曲は、その年の大晦日、「日本レコード大賞」に輝く。これは、とりもなおさず、この曲が前例のないほど短期間に爆発的にヒットし、リスナーに大きな感銘を与えたことを物語る。こんなことになるとは、事務所もレコード会社も、夢にも思っていなかったであろうし、ぼくも、10月にリリースされた曲がその年の「レコ大」をとるなどということは、これが最初で最後のケースであろうと思う。

この曲のヒットは、単に歌謡界のできごとにととまらず、一種の社会現象にまでなったようである。実際、日活で映画化さえなされている。

ぼくは、65年生まれだから、「こんにちは赤ちゃん」をリアルタイムでは知らない。しかし、これほど有名な曲である。ラジオなどを通して、幾度となくこの曲を聞いてきた。もちろん、「いい曲だ。」とは思った。だが、それ以上の感想を持つことは一度もなかったのである。

ところが、数年前、レコードでこの曲を聴いていたとき、なぜか不意に胸がじーんとして、涙が止まらなくなった。なぜ、こんなに感動したのか自分でもわからない。あれは実に不思議なできごとであった。もう一度、レコードに針を落として聴いてみる。やはり、泣けて泣けて、どうしようもなかった。

ぼくは、自分が、何のために生きているのか、よくわからなかった。物心ついたときから、そういう答えの見つかりそうもないことを考え、呻吟し、虚しい気持ちを心のどこかに抱いたまま、ただ年齢を重ねてきた。今も、それは変わらない。

しかし、そのとき、「こんにちは赤ちゃん」を聴いて、確かにこう思えたのである。「ぼくは、何のために生きているのか、よくわからない。けれども、ぼくが生まれてきたことを両親がこんなに喜んでくれたのならば、それだけで、自分は生まれてきた甲斐があったのではないか。」と。

この曲は、赤ちゃんが生まれた喜びと、幸福感に満ちあふれている。何の邪心もない、ひたすら純粋な、喜びと幸せを赤ちゃんに語りかけている。そして、赤ちゃんからみれば、そのこと自体が喜びであり、幸せなのである。もちろん、赤ちゃんには、そんなことはわからない。けれども、この曲はおとなになった赤ちゃんに、それを教えてくれたのである。

人は、何のために生きているのか。それはわからない。しかし、生きていることそれ自体が、かけがえのないことなのだとぼくに示唆してくれたのである。何とすばらしい曲であろうか。

中村八大に長男が誕生したとき、永六輔が誕生祝いとして彼に詩を贈り、そして、八大自身がわずか三時間でその詩にメロディをつけた。それが「こんにちは赤ちゃん」の原型だというのは、よく知られたエピソードである。

二人の弾む気持ちが一つの曲として具現化され、梓みちよがそれを高らかに歌い上げた「こんにちは赤ちゃん」は、おそらくは、時代に左右されず、普遍的に愛されてしかるべき作品であろう。そう考えると、この曲は、「日本レコード大賞」受賞作の中でも、ひときわ輝かしくみえる作品である。

16.9.18



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